稀勢の里奇跡の優勝!!その勝因とは

2017年春場所、千秋楽、新横綱稀勢の里は、本割で12勝1敗の大関照ノ富士を破り、優勝決定戦に持ち込んで逆転優勝を果たしました。
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13日目横綱日馬富士との相撲で左胸の筋肉に裂傷を負い、取組後病院に運ばれ、誰もがそのまま入院して休場と思っていたところ、14日目、気力を振り絞って出場してきました。

この時は流石に驚きましたが、今日になっていろいろな要因を探ってみたところ、無理をして出場したのにも、稀勢の里なりの理由があったのだとおもいます。

新横綱稀勢の里は、ただの横綱ではありませんでした。それは、19年ぶりの日本人横綱として、すべての日本人の期待と喜びがかれの土俵にはあったのでした。

そのため、稀勢の里はなんとしても土俵に上がりたかったのです。
彼の横綱昇進については、ただ一度の初優勝で、即横綱昇進は早いのではないかとか、日本人だからそれなりの忖度があったのではないかとかという昇進を揶揄する声も、彼にとっては「なにくそ!!」と気を奮い立たせる力になったかもしれません。

幸いなことに、骨は折れていなかったので、痛さをこらえればなんとか土俵に上がれると、医者が止めるのも聞かず、彼は土俵に上がりました。

ふだんどちらかと言えば気の弱い(お父さんの話)稀勢の里は、こうした絶体絶命の立場に追い込まれた状況の中で、ある意味で捨て身になれたのかもしれません。

もし、万全の状態であったなら、かえってガチガチの状態になり、あのような動きはできなかったのではなかったかと思います。

千秋楽本割の一番は、照ノ富士のほうが足がついていかなかったようです。もともと膝の悪い照ノ富士は、怪力に物を言わせ、相手を抱え込んで吊り上げたりねじ伏せたりする相撲が目立っていましたので、稀勢の里は、普段見せたことのない左への変わり身で、照ノ富士を捉え、押してくるところを、うまく足を運んで回り込み、照ノ富士がついてこれなくなって土俵に落ちました。


更に優勝決定戦では、正に捨て身の小手投げです。この一番でも照ノ富士は足がついてきませんでした。土俵際に稀勢の里を追い詰めたところで、稀勢の里がギリギリの小手投げ、これが決まって照ノ富士は先にばったりと倒れました。

とにかく、動いて照ノ富士に捕まえられなかったのが勝因だと思います。
これで稀勢の里は、また、一歩精神的にも強く大きい横綱になったのではないでしょうか?
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稀勢、奇跡呼んだ「見えない力」の中身 ケガの功名、時期尚早論への反発、相手が照ノ富士
ZAKZAK(夕刊フジ)

 相撲史に残る奇跡の大逆転優勝はなぜ起こったのか。大相撲の西横綱稀勢の里(30)=本名萩原寛、田子ノ浦部屋=は26日、大阪市のエディオンアリーナ大阪で行われた春場所千秋楽で、大関照ノ富士を本割、優勝決定戦で続けて破り、13勝2敗で2場所連続2度目の優勝を飾った。13日目に左肩付近を負傷するも強行出場。1995年初場所の貴乃花以来22年ぶり4人目(1958年の年6場所制定着以降)の新横綱Vの快挙を成し遂げた。直接対決で本割、決定戦に連勝して逆転優勝するのは2002年初場所の栃東以来10度目。奇跡の舞台裏では、さまざまな特殊な要因が絡み合っていた。 (塚沢健太郎)
 春場所優勝力士の表彰式の最後は「吉本興業賞」。土俵に上がった中田カウスに観客は大爆笑したが、副賞の「なんばグランド花月1年間フリーパス」にも、稀勢の里は表情ひとつ変えることはなかった。
 そんなポーカーフェースの新横綱が表彰式前、君が代が流れた途端、大粒の涙を流した。「今回は泣かないと決めていたんですけど、見苦しいところを見せてしまって申し訳ない」とバツが悪そう。それほど苦しい優勝だったのだろう。
 全勝で単独トップに立っていた13日目、日馬富士に敗れた際に左肩などを痛め、病院に救急搬送。強行出場した14日目は鶴竜に何もできず完敗し2敗目を喫した。
 1差で追う千秋楽は、1敗の照ノ富士を本割で突き落とし、優勝決定戦では「やったことがなかった」という右からの捨て身の小手投げを決め「昨日より動けた。自分の力以上のものが最後は出た。目に見えない力を感じた15日間だった」と吐露した。
 茨城から駆けつけた父・貞彦さんは「横綱でなければ、強行出場しなかったでしょうね。14、15日を休場したら…稀勢の里見たさに来られた方もいるし、骨折となれば話は別ですが、痛いながらも取れる状態でしたから」と息子に変わって説明した。
 今場所の切符は発売初日に2時間で完売。新横綱へのファンの期待が非常に大きく、優勝の可能性がある以上休むことはできなかった。
 さらに、貞彦さんは「相撲内容は見たとおり2つともよくない。気力で勝ったというところでしょうね。そういう意味では、いい演出をしたんじゃないですか? 自ら気を振り絞って対するというタイプではなく、どちらかと言うと気が弱い。周りから押されて、いい具合になった」。
 これまではここ一番で負け続け、プレッシャーに弱いと指摘されてきただけに、ひょっとすると、ダメ元と開き直れた今回は“ケガの功名”。万全の状態だったら、逆にガチガチに緊張してV逸していたかもしれない。
 近年の横綱は連続優勝で昇進しているのに対し、稀勢の里は初場所の初優勝で昇進。時期尚早論も根強く「ゲタを履かせてもらった」と批判も多かった。
 それだけに新横綱の場所は真価を問われたが、二所ノ関審判部長(元大関若嶋津)は「納得したでしょ、これで。言うことない」とニッコリ。
 昇進慎重派のひとりだった友綱親方(元関脇魁輝)は「本人もその辺は気にしていたんじゃないの? 簡単に『休む』とはいえなかったと思う。出てなかったら、こうならないんだから。涙が出そうになったね」と感激。時期尚早論に対する反発心が、稀勢の里に休場の選択をさせなかったという見立てだ。
 対戦相手が照ノ富士であったことも、有利に働いた。照ノ富士は先場所4勝11敗でカド番場所。両膝に爆弾を抱え、対戦成績も先場所まで11勝3敗で8連勝中と合口が良かった。
 土俵下で審判長を務めた友綱親方は「(稀勢の里は)体勢はよくなかったけど、体が止まらないで、捕まらなかったことがよかった。照ノ富士はそんなにスムーズに足の動きができるわけではない。止まったらまわしを引かれていた」と解説。
 今場所は防戦一方になりながら、土俵際で相手が自滅するような相撲が多かった。千秋楽も同じような展開になったが「『押っつけられなくて危ない。左を差せなくて危ない』と周りが思っているほど、本人は慌てていなかった。気持ちとともに自信が出てきた」と指摘した。
 ファン、そして横綱に推挙した関係者ら、みんなを喜ばせる奇跡の優勝となった。



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