大野智主演「忍びの国」「無門」の結末はどうなる?

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和田竜原作の「忍びの国」は大野智主演で映画化されたが、その結末はどうだったのであろうか?


大野智が演じる「無門」という忍者は、伊賀国一とされる凄腕の忍者。しかし、「無門」は、妻とした「お国」には、からっきし弱い。


たくさん稼いでこなくては、お国は「無門」に触れさせようともしないのだ。


さて、そんな無門と「お国」は結局どうなってしまうのだろうか?


さて、映画で「お国」に扮するのは「石原さとみ」さん。
映画の中では「殺戮を繰り返す忍者よりも、一番怖かった」という評価があるようだ。


伊賀国は十二家評定衆という地侍の一団が、普段は農作業をしている下人(忍者)を支配していた。


十二家評定衆は、百地三太夫が頭になっている。百地三太夫とは、物語に登場する「文吾」(後の石川五右衛門)や「無門」などを束ねる忍者の親玉である。


百地三太夫を始め十二家評定衆は、今で言う派遣業の経営者と同じで、芸人である忍者を各地の大名2売り込んでその報酬で暮らしを立てていた。


そのため、忍者をいかに高く売り込むかに必死であった。そのために伊賀忍者がいかに強く役に立つものであるか知らしめる必要があった。


彼らは相談をして一つの計画を立てた。忍者というのは武術ばかりが能ではなく、この物語のように大きな戦略を立てて、味方も敵も騙す、そういう中で自分の利を得る、そうゆう人間たちであった。


その計画というのは伊賀の国を織田信勝の軍勢に侵略させることである。
侵略させることによって伊賀の国の忍者の強さを各国の大名にわからせることができれば、忍者を高い値段で売り込むことができると考えたのだ。


結果的に、織田信雄はその柵に引っかかってしまった。8000の軍勢を送り出し、伊勢国を襲った。そこで忍者たちとの戦いになるのだが、 その中で特に無門の戦いは、目覚ましかった。




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彼は、「お国」と言う名の女性を愛していた。
織田信雄の軍勢に「お国」が襲われ、今にも殺されそうになった時、それまで織田信雄の軍勢を次から次へとなぎ倒してきた無門は、日置大膳の軍に攻められた「お国」が、危うしと聞きつけて、羽が生えたように平楽寺へ逃れたお国を救うために立ち戻った。
そこでは、無門の活躍により大膳の軍隊を退却させ「お国」を無事に救って、また、戦地に乗り込んでいった。


無門は、織田信雄を打ち取ろうと、 信雄の寸前まで迫ったが、忍び出身の下山平兵衛と一対一の決闘をしなければならなくなってしまった。やっとの思いで平兵衛を討ち取ったものの、平兵衛から十二家評定衆の策謀を知らされ、平楽寺で戦勝祝いをやっている十二家評定衆の集まりに単身乗り込んだ。


その戦いの中では百地三太夫の指示に従う下人どもの四方八方からの毒入りの吹き矢で、お国が殺されてしまう。同じ吹き矢受けている「無門」は、毒に対する耐性があってなんとか「お国」の亡骸を担いで逃げることができた。


無門はその後、安土城の織田信長の面前に姿を現した。そして伊賀国を責め滅ぼさなければいつでも信長の首を狙いに来るぞ、と言うひとことを残して姿を消した。


信長は信勝が伊賀攻めをやって2年経った後、大軍勢44000を送り出して徹底的な伊賀攻めをやった。 女子供に至るまで全て殺してしまったと言うからどんな酷い事を行ったのであろうか。その中で百地三太夫始め十二家評定衆はことごとく討死した。
しかし、無門はこの戦いの中でも、一人の少年をすくって逃げ延びた。


無門は生きていたのである。京都の古い橋の下で、伊賀国の戦いで助け出した「鉄」という少年と二人暮らしをしていた。
無門は、毎日のようにお国の墓を訪れて、その冥福を祈っていた。


京都に逃げ延びたのは無門だけではなかった。後に「石川五右衛門」と言われた文吾もその一人だった。文吾は数人の忍者を連れて京都に逃げ込んできたらしい。伊勢の国人口の半数以上が信長によって殺されてしまったにもかかわらず、逃げ延びた忍者は、全国で散り散りになりながらも生きているのであった。



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